めまぐるしい変化を見せる現代社会において、こどもたちの学習に求められる「遊び」や「学び」のかたちも、多様化しています。CANVAS のこれからを語っていただくうえで、いま、あらためて CANVAS の「はじまり」の想いお聞かせください。
CANVAS は、こどもたちの創造的な学びの場をつくる活動を推進する団体として、2002年11月の設立以来、約35万人のこどもたちに創造・表現の場を提供してきました。
情報化社会を生きるこどもたちに求められる力とはどのようなものでしょうか?そしてそのための学習環境とはどんなものなのでしょうか?
これまでは、より多くの知識を得ることに、評価の力点が置かれていました。教師が持っている知識を一方向に多数の生徒へ伝達する授業形態は、均一化された知識を身につけた人材を輩出する工業社会には効果的だったのです。
しかし現在、経済がグローバル化し、大量の情報が国境を変えて行き交う社会となりました。世の中も複雑化し、1人の専門性だけでは解決できない課題が山積しています。そのような時代においては、異なる文化、異質な価値観から構成される共同体の中で、大量の情報を取捨選択し、再構築し、新たな価値を生み出す力が求められます。多様性を尊重しつつ、個に応じた学習ができる。異なる背景や多様な力を持つこどもたちがコミュニケーションを通じて協働し、新たな価値を生み出すことができる。CANVASが目指しているのは、そんな学びの場を作ることです。
これからの多元的で新しい社会を築いていくのは、こどもたちの世代です。世界中のこどもたちがつながって、新しい表現や、豊かなコミュニケーションを生み出し、新しい世の中を築いていって欲しいと願っています。そのために大人ができることは「場」を作ることだと考えています。全国の熱い想いをもった大人をつなぎ、日本中の全てのこどもたちがフルスイングできる環境を作りたい。そのような想いから、国内外の学校・教育関係者、行政、企業、児童館、博物館、美術館、大学等の研究者、アーティストの皆さまなどとの連携を密とし、こどもたちの創造的な学びの場を提供する運動体として機能することを目指して活動をしてきました。こどもたちを主役にしながら、周りを取り巻く大人たちの活動の下支えになるようなプラットフォームになりたいと考えています。
石戸さんは CANVAS を立ち上げる以前、マサチューセッツ工科大学の『メディアラボ』(デジタルのコミュニケーション・表現を開拓し、デジタルの未来社会に対するビジョンを世界に対して打ち出し続けてきた研究所)に在籍されていらっしゃいました。こどもたちの学習に対するテクノロジーとコミュニケーション力を紐解くにあたって、MIT メディアラボでの経験がとても魅力的だったように感じます。MIT メディアラボについて、あらためてお聞かせください。
MIT メディアラボの存在は、CANVAS 創設に大きな影響を与えています。そこには理想的な学びの場、創造の源泉がありました。オープンでデザイン性の高い空間。ひらめいたらすぐにつくれる環境。多様で深い専門性のコミュニティ。学び合い教え合うフラットな関係。多様性に対して寛容で、常に非常識なことに挑戦し続けるスピリット。新しい価値をつくりだすことに最大限の賞賛の言葉をおくる「demo or die」のポリシー。そしてテクノロジーと社会との接点を常に模索し、思想と技術を普及させていく活動。すべてに魅了された私。それがいまの活動の原点です。
メディアラボは「デジタルの恩恵を一番受けるのは途上国とこどもたちである」という考え方のもと、こどもとデジタルの関係を総合的に研究しているラボでもありました。こうしてメディアとこどもの研究所をつくり、ツールや方法論の開発をしているのですが、実は、ICT によるこどもの学習、創造、表現という取組みは日本の方が必要とされているのではないかと考えました。また、メディアラボは、そのこどもとデジタルに関する研究においても、アメリカをはじめ各国のこども博物館、科学館、学校関係者らとの関係が深く、世界的なコミュニティの要として機能していました。研究開発と実践と普及活動と、すべてを担っている機関なのだと感じ、日本でもこのような情報の共有・交換の機能を強化できないだろうか?という発想に至りました。
そうしてこどもたちの創造的な学びの場をつくる活動を産官学連携で推進するプラットフォーム団体であるNPO法人を2002年に設立しました。
アナログとデジタル。コミュニケーションとテクノロジーの融合。MITメディアラボ や CANVAS だけではなく、世界中のこどもたちが専門家と一緒になって積み重ねている研究のひとつひとつが、今の私たち世代が解決しなければいけない問題であり、未来に向けられた可能性のような気がしてきますね。しかし、設立当初から理解は得られたのでしょうか?
CANVASの活動をはじめた初期の頃、「アーティストを育てたいのですか」とよく聞かれました。でもそうではありません。CANVASが行いたいことは、すべてのこどもたちに創造的な学びの場を提供するということ。そのためには、学校教育、地域コミュニティ、家庭など多様な場での鑑賞、創造、表現の学習活動が大切です。産学官、そして学校、ミュージアム、地域が協調して各地の拠点で行われている創造・表現活動の活動を強化していくことにより、全国のこどもたちの取組を活性化し、国全体の底上げを図ること。それを目標としているのです。
日本中のこどもたちがクリエイティブになってほしい。そのために必要なのは、各地域で自律分散的にこどもたちの創造活動が広がる仕組みです。CANVASは、「調査・研究」、「開発・実践」、「普及・啓発」の3本を活動の軸にしていますが、その中でも「普及・啓発」に最も力を入れてきました。具体的には、各地のワークショップの活動内容などを、ポータルサイトを通じて共有し、ワークショップの改良や普及促進につなげていく、研修を実施する、ワークショップのパッケージ化・教材化を進め、学校のプログラムへの組み込みや自治体・企業での推進策を検討することに設立当初から取り組んでいます。
ひとを集めることが目的とされる「ワークショップ」を「パッケージ化」し、提供しようと思ったきっかけはなんですか?
きっかけは、CANVAS設立当時に欧米のこども向けの施設を調査したことでした。すると、ワークショップのパッケージ化やリスト化、またファシリテーター養成に取組み、ワークショップの普及活動を行っている事例が複数みつかったのです。さらに、そのようにマニュアル化することが、プログラムの普及啓発に寄与するのみではなく、プログラムの品質向上にもつながっていることが分かりました。
そこで始めたのが「CANVASキャラバン」でした。アーティスト等専門家が開発したプログラムをパッケージ化し、プログラムを実施できるファシリテーター人材を育て認定し、学校・保育園・学童・託児所等に提供をしていきます!というプロジェクトです。それからワークショップの開発・実践にあたっての構成要素である人材、プログラム、場を有機的に結びつけるプラットフォーム機能の構築に取り組みました。様々なワークショップ実施者が集い、そのワークショップをパッケージ化し、ワークショップを開催したい人と開催して欲しい人/場所をマッチングさせてコーディネートしていく。そんな役割を果たすプロジェクトです。スタートしてみると、学校、保育園、児童館、博物館・美術館等の文化施設、マンション・ショッピングセンター等の住居・商業スペース、各種こども向けイベント等様々なところから問い合わせがあり、これまでに述べ320施設に導入されました。
こどもたちに向けてクリエイティブな取り組みをされている方々の中には「チルドレン・ミュージアム」に関心を寄せている方も多いと思います。私自身、どんな素晴らしい展示やワークショップ、アクティビティがあるかを見てみたいと憧れの気持ちで視察に行きました。でも、チルドレン・ミュージアムを通じて感銘を受けたのは、こどもたちを主役にして地域を巻き込む運営方法でした。
例えばあるミュージアムでは、土地を行政が提供して建物だけ寄付金で成立させ、そこにファシリテーターとして市民のボランティアがたくさん参画していました。そんな地域に根付いた「ひと」や「もの」や「こと」を巻き込みながら、街全体でこどもを育てるような運営の仕方にとても感動しました。私たちもこれまでに、いろいろな地域で活動を展開してきましたが、地域の方々の継続的なサポートや支援を得られるような街と一体となった運営体制をつくることを心がけています。そのためか、最近では「街づくり」の相談がとても増えてきています。