日比野さんのお話をうかがっていると、園に入り込んで、本当に園での生活をより良くするために、活動されているんだなと思います。日比野さんにとって、幼稚園に通う子たちの理想的な場とはどういうものでしょうか?
子どもが学ぶのは園舎だけではないのです。まわりの環境も含めて、様々な体験ができるようになっていることが良いと思います。大人があまり制限しないで自然環境と上手にリンクした環境があることが、一番かなと思っています。
デンマークに園舎が無く森の中で学ぶ園がありますが、そういう環境は理想に近いのでしょうか?
自然の森、林、湖などには、いろいろな生命が息づいています。例えば実のなる木があれば鳥がくる。甘い密の出る木があれば、カブトムシなど虫が飛んでくる。人間も動植物の一つなんだと気が付けば、それは非常に重要な事だと思います。昔、養老孟司さんが虫の住めない世界なんて人間が住めるわけが無いとお話されていましたが、それと全く一緒で、そういうものの中に、自分の身を置いて、例えば生き物の、生も死も知ることが大事じゃないかと思っています。
人工的に無理やり加工し安全にしてしまうのではなく、自然の中で学んでほしいということですよね。私も先日スウェーデンに行き、いくつかの園を視察してきました。岩場が園庭にそのままになっていて、どうしてか理由を訊いたら、「スウェーデンでは凄く岩場が多いので、ここの子どもたちの人生は、岩場のある環境で生きていくことになる。だからあえてそこを平らにせずに、岩場を登ったり降りたりして、身体的感覚を培うためにも、あえてそのまま残している」というお話を聞きました。素晴らしいなと思うのですが、都内ではなかなか難しいですよね。都内ではどういう工夫をされているのでしょうか?
今の話も、その地域の子どもにしてみれば、原風景になると思うのですよね。無理に子どもに迎合するのではなく、そのまま記憶に残しているのが素晴らしいと思います。例えば東京のど真ん中に建つ園舎だったら、無理に森のように加工する必要もないかなと思います。それはそれで、そういう都市でその子が育っていくことだから。
その土地土地のありのままでということでしょうか。園を建てる時に、その地域の事をとてもよく研究されているんだなと感じました。
建築は、その土地に建つものだから、土地と切り離すことは難しい。建てるときは、土地のことや歴史のこと、気候まで全部調べて、それに対してアプローチしてあげることが大事です。
地域の環境も、園としての思想も、そして、とはいっても建築という観点からの安全面なども、すべて組み込んでいかないといけないのですね。 会場からもご質問受け付けたいと思います。質問のある方いらっしゃいますか?
日比野さんの原風景について先ほどお伺いしたのですが、どうして幼稚園や子どもの空間づくりに、特化していこうとしたのか?原点を教えていただけばと。
うちの事務所は43年ぐらいの歴史があります。43年前というと日本の経済成長真っ只中でベビーブームの時期でした。事務所が出来たころに、幼稚園や保育園が必要とされる時代でした。その頃は、まだ僕らも方向性がでていないし、ただの設計事務所で、当時は園の設計のコンペに参加して仕事を頂いていました。しかし、ひとつふたつと取り組むうちに、良い評判も頂き、他の幼稚園や保育園など横のつながりができ、そのつながりからお話を頂くことが増えてきました。実績は増えていったのですが、「幼児の城」という名前で展開をしていったのは、13年前からです。13年前に何を思ったかといいますと、皆さんが例えば美味しいお寿司を食べたいなと思った時には、和食のチェーンのレストランではなく、たぶんお寿司屋さんに行きたいと思うはずです。本当に美味しいものを食べたいと思ったら専門店を探すのと一緒です。設計事務所と言う資格は、どの事務所も一緒です。でもなんでも受ける設計事務所というものは、どこに行っても同じです。そこで、経験や実績がある幼稚園・保育園に絞ることで、満足いただけるようなものを提供したいと思いました。
1つ1つの園に、すごい愛情をかけて設計されているのを感じます。思いの部分が大事だなと感じます。
お話を聞いていて食べる空間など「食べる」ことを大事にしてらっしゃると思いました。トイレも大事にされているとのお話でしたが、それよりも食堂周りが際立っているような印象を受けました。それは何か意図されているのでしょうか?こだわる理由とは?
食の空間は、子どもが気持ち良くきちんと食べるために大事です。そこに尽きます。ただ古い幼稚園や保育園ですと食の空間がない園が殆どです。新しく作るときには、園の中心に入れられるように、できるだけ前面に出してプレゼンしています。厨房も食べるための施設なので、セットで目立つようにしています。
食事をつくる風景が子どもたちから見えたり、子たち自身が配膳をしたりして入る写真がいくつかありましたが、食べるものだけでなく、食べるという行為全般に興味を示す仕組みにもつながっていると思いました。それこそが食育なのかなと。